買ってしまいました

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とうとう買ってしまいました。
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さっぱりして、男らしい香り012.gif仕事にほんのちょっとつけて行きました。
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# by m_n_k_5604 | 2014-04-30 22:48 | Comments(2)

またまた二次小説

 気がついたら年を越して明日はバレンタイン!!!後2カ月強で一つ歳をとってしまう008.gif  

夏から続く二次小説漁り。読んだお話にコメントしている人をどんどん辿って書き手を探している。
気がつけば、本をほとんど読んでいない。佐伯泰英や上田秀人、小野不由美を読んでいたが、一応買ってはいるものの『積ん読』になっている。それほど、二次小説が面白い。 


いろいろな人のブログで、荒しだったり、嫌がらせとも思えるかきこみだったりのことを目にする。考え方は一つでないから、違う考え方の人を批判できないとは思っている。  

しかし、瀬戸内寂聴さんでさえ、携帯小説に取り組んでいる時代だ。二次小説がたくさんあったって当然だろう。題材をドラマや人に採っているだけで、普通に小説を書くのと何ら変わりはな
いはず。そうそう、私小説だってあるし、俳優を想い浮かべて宛て書きをする台本や小説だってある。 何時だったか、内田康夫が浅見光彦シリーズの浅見洋一郎は榎孝明をイメージしていると言っていたこともあった。


活字という媒体以外に、ブログという媒体が増えただけだ。面白いお話を読んでもらいたい、書いてみたい、思いを伝えたいそう思うことは決して悪い事とは思えない。


私はお話を楽しませてもらいたいな。

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# by m_n_k_5604 | 2014-02-13 23:21 | Comments(1)

哲さんと川島さん

 高校に入学して一番仲良しになった同級生が、サッカー部のマネージャーになった。違うクラスの子と2人でなったはずだった。

 でも、相方はさぼりがちらしく、
「公式戦のメンバー表を出しに行くんだけど、アトム一緒に行って。」とか
「今度練習試合があるんだけど、アトム一緒に手伝って。」とか声がかかった。

 サッカーなんて中学までは興味なくてなんにもわからなかったのに、
「先輩おもしろいよ?」って誘いに乗ってホイホイついて行っていた。

 彼女は2つ先輩の3年生にとっても可愛がられていたので、私もついでに!かまってもらっていた。

 それぞれ、お気に入りの先輩がいたが、私は哲さんと川島さんが、好きだった。

 哲さんは、背が高くて、おっとりしているのに、茶目っけがあり、なんでも良く知っていた。途中まで開通していた千代田線が延伸したので、代々木公園まで試しに乗りに行ったこともある。

 ある時、校舎の玄関で待ち合わせをした。サッカー部の先輩だけでなく、剣道部の先輩もいたからたぶん、体育大会の打ち上げだったんだろうと思う。いきなり、哲さんに
「近藤がまだだから、コンドームカイニイッテ」と言われたのだ。「っへ?近藤さんどこにいるんですか?」って間抜けな返事をした私。周り中から大笑いされた。。。。。。いいわけじゃないけど、本当にわからなかったんですから。。。。。。

 
 川島さんは、本当に静かで、人見知りをするのかなぁ~~なんて、年下の私に思われるような人だった。

 2学期制の母校には文化祭の後に10日ほどの秋休みがあった。そのときに、野火止にあった合宿所にサッカー部の3年生に誘われて泊りに行った。そこで、川島さんと知り合った。

 あいにくの雨で、外で遊べなかった代わりに、縁側で雨を見ていた。柱に寄り掛かってぼんやりしていたら、隣の柱に私と同じような格好をした川島さんがいた。他の先輩は部屋の中でトランプだったり、花札したり、騒いでいた。だから、静かに雨を見ていた川島さんが、すっごく大人に見えた。話をたくさんしたわけではなかったんだと思うけれど、なんだか気になって仕方がなかった。なんとなく、自分と似たものを感じたんだろう。

 3年生は12月までで授業が終わったので、その年の冬休みになるまで何回か私に付き合ってくれた。お子様の私と恥ずかしそうにしていた先輩。レモンスカッシュ(古!)を飲んだことしか覚えていない。進路の話をした覚えもない。いったい、何の話をしたんだろうか。。。。。


 2人の先輩が卒業してから一度も会えていない。友達は一緒に飲み会に行っているようだが、哲さんの話も川島さんの話も聞かない。2人とも元気にしているのだろうか。


 夫は先輩たちの1年下のサッカー部。OB会に出席していない。2人の話をしてもやきもちも焼いてくれない。。。。

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# by m_n_k_5604 | 2013-12-17 21:25 | Comments(3)

大好きな先輩その2

3人姉弟の一番上に産まれた私は、かなり母親に拘束されていたようだ。
小学校に入学した時、学校でお友達と放課後に遊ぶ約束をしてはいけないと母に言われていた。隣の学区域に越境入学していたせいもあるが、弟が私について行きたがるのを牽制するためだった。
 
だから、近所に遊べる友達がいなかったので、家に閉じこもる子供だった。

中学は、通っていた小学校の学区とはまた別の隣の学区だった。新橋演舞場の先、高速道路のすぐわきに校庭がある学校だった。

部活が終わると、山野楽器やヤマハにリードやら楽譜やら買いに銀座で寄り道するませた中学生。それでも、親の影響が強く残っていたので、“聞き分けの良いいい子”成績もそこそこAクラス。


そんな私でも、高校に入学したら、親からはちょっと抜け出せたようだ。だって、地下鉄に25分も乗って通学してたんですもの。

夏のスキー部はただひたすら体力づくり。本当は運動音痴の私はいっつも練習をさぼっていた。本が読むのが好きだし、歌ったり、楽器に障ったりするのが好きだった。それから、考えを同じくする人たちが集まって、なにかをしているのを、渡り歩いて見ていくのが好きだった。って、ただ単に、物珍しいがりやだっただけ。



夏休みが終わった頃、文化祭の準備が始まった。都立高校で予算もすくなかったから、プログラムを手作りしていた。わたしも加わることにした。毎日毎日、集めた原稿をガリ切り(年齢がバレバレですね。)し、印刷して、紙を折り製本した。家に帰るのは10時を過ぎることもしばしば。さすがに親に叱られてしまった。「あんた、糸の切れたタコだね。どこかに飛んでってる」


叱られた翌日、いつも作業をしていた部屋でしょんぼりしていたら、責任者の先輩が、声をかけてくれた。事情を話すと、
「お母さんに話してあげる。」といって、電話をしてくれた。


1年上の2年生だから、親にしてみれば私とたいして違わないはず。それでも、違うんですね。母は納得してくれた。それから、文化祭の最終日まで、親に気兼ねせず準備に没頭できたので、とっても嬉しかった。


それから、2年ほどして、母の妹である叔母が
「若林君、知ってる?」
と、言ってきた。先輩のお母さんと叔母がお友達だったんですって。



上に兄姉がいない私にとって、先輩はとっても優しいお兄さんだった。頼ることができたし、教えてもらえもした。ちょっと憧れる気持ちもあったけど、私は恋愛の対象ではなかったようだ。


高校の先輩である夫と先輩が同級生だったことは、結婚して3年くらいしてから知った。夫にその時の話をしても、
「ふ~~~~ん」て感じ。気にも留めていないようだ。ちょっとはやきもちやいてもらいたいのに。
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# by m_n_k_5604 | 2013-10-27 23:29 | Comments(2)

お姫様だっこ

ニュースで、屋内スキー場がオープンしたと言っていた。秋もそんなに深まっていないのに。

最後にスキーをして、どのくらいたつだろうか。

初めてスキーを履いたのは、中学1年の冬休み。あるスキー教室に小学校5年の弟と二人で参加した。それから、運動音痴で怖がりの私が、スキーにのめりこんだ。高校ではスキー部なんぞに所属して、お嬢様みたいな冬の生活を送った。

たった1度、スキーで怪我をした。中学2年の12月30日。暮れから3が日までの予定だったのだが、両親は大みそかに後からやってくることになっていた。


今でもその時の情景をはっきりと思い出せる。

大町市営スキー場のレストハウスを出て、向かって左側。初心者向けのゲレンデの中腹で、左右の板が絡まるように引っ掛かり、転んだ。見ていた人はポキっと折れたと思ったそうだ。私はひねっただけだと思っていた。でも、だんだん気分が悪くなってくるし、血圧が下がっていってめまいがしてきた。レスキューのボートに乗せられて病院に行った。左足の甲の剥離骨折でギブスを巻かれ、一晩入院。


翌日、迎えに来てくれたのは、大学生のお兄さん。知り合いの息子さんでちょっと憧れていた人。幼い私はなかなか話しかけることもできないでいた人。


ギブスの足はまだ痛みがひどくて、歩けなかった。松葉づえかなぁなんて思っていたら、お兄さんに抱きあげられた。お姫様だっこ!!うれしかったんだけど、すっごく恥ずかしかった。初めてだったから。子供だと思われていたんだろうから、お兄さんはなんとも思ってなかったんでしょうね。



その後、お姫様だっこされたのは、別れた人に1度されただけ。夫もしてくれたことはない。。。。。
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# by m_n_k_5604 | 2013-10-25 23:09 | Comments(6)

韓流ドラマの感想を


by アトム